動植物の絶滅は、地球の変化と共に有史以来ありましたが、17 世紀の産業革命からヨーロッパ人が海外へ進出し、貿易が盛んに なると共に、急速な「資源の枯渇」「自然破壊」が進みました。さらには西洋人による 植民地時代を経て、第二次大戦後、植民地の独立によって、皮肉にも経済力を得るために自然資源を売買することがさらに加速したために、野生動植物の減少が進んだのです。
このような背景の元、1972年ストックホルムで開催された国連人間環境会議を機会として、野生動植物の国際取引を規制する必要性が確認され、1973年ワシントンで開催された 81 か国の全権会談で「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する 条約」すなわち「ワシントン条約」が採択されました。この条約は、野生動植物が国際取引によって過度に利用されるのを防ぐため、国際協力によって種を保護するための条約であって、 取引そのものを禁止している訳ではありません。絶滅のおそれがあるとされる野生動植物を 3 つの段階に分け、その国際取引を規制しています。現在では、日本も含め 183 か国が加盟しています。
豊島区の伝統工芸にもある、「べっ甲」「象牙」は、国際的な取引においては厳しい規制がおかれています。もちろん日本においても条約に準じた取引を行っており、タイマイについては1992年、象牙については2009年を最後に、輸入はされていません。現在、工芸品に使用される素材は、それ以前(象牙は国際取引が禁止された1989年以前のものと1999年、2009年に輸入されたもの)に輸入されたものであり、また日本国内での象牙製品の製造、販売は全く問題ありません。

日本のこうした状況は国際的に違法取引の温床になっているのではないかとの指摘も受けるところですが、今ある資源を有効に活用し、伝統を守ることも、人の営みであり、自然の営みとは考えられないでしょうか。
日本の伝統工芸を受け継ぐ職人は誰しも、扱う素材を大切にし、 愛着を持って作品を仕上げています。そして人の手に渡り、代々 伝えられることを願って、丹念な仕事で仕上げているのです。英国では先ごろ、国内の象牙取引を停止する政策を発表しました。例外の指定などがかなり具体的に示されていますが、象牙作品に対する人々に与える誤解を生むような影響が大きいと思われます。いずれは代々受け継がれた工芸品でさえ、身に着ける事も憚られる日が来るかもしれません。
べっ甲や象牙といった素材を使う日本の伝統工芸品は、自然の命をいただき、その恵みに感謝する、物を大切にする心をも育む、日本の心そのものです。私たちに今できることは、違法な取引を重ねる一部の心無い人のために、また工芸品を取り巻く誤解のために、今あるものを捨ててしまうことの無いよう、ワシントン条約に準じつつ、物を大切にするという 真の伝統を守ること、そうした精神こそが地球をも救うのではないで しょうか。
べっ甲、象牙を扱う職人の方々も、野生動物の保護を提唱し、厳 しい経済状態におかれながらも、資金を提供し合い、新たな取り 組みを続けています。
各業界とも代用品の研究を行っており、べっ甲業界では、タイマイの養殖を研究しています。象牙業界では、ワシントン条約のプロジェクトにも資金提供を行ってきました。もちろん、両業界とも、現在は国内に残る資源(1989年の輸入禁止前に、適法に輸入、入手されたがまだ未登録のものを登録したもの等)を業界内で流通させ、伝統を守るため、作を続けています。タイマイ・象の絶滅は、その分野の伝統工芸の絶滅でもあるのです。
自然と共存する伝統工芸のおかれる厳しい環境を、是非、ご理解いただきたいと存じます。

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