■豊島区の江戸象牙職人
鶴見 剛
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■江戸象牙とは
象牙は古来より人々の暮らしに使用されてきました。ヨーロッパの旧石器時代の遺物にも見られ、古代エジプトでは豪華な家具や装身具、古代ギリシャやローマでも神像が作られています。
中国でも古く隋・唐の時代に用いれ、インド・東南アジアからの 輸入によって工芸品が作られていたと考えられています。象牙はその柔らかな乳白色の色合い、光沢・縞目、滑らかな肌触り
に加え、加工しやすい硬さを持っていることから工芸品の素材として長い間、人々の暮らしになじみの工芸品として使用されてきました。日本においては、中国からその技術が伝えられ、古くは奈良時代の正倉院宝物として遺る「紅牙撥鏤尺 (こうげばちるのしゃく)」 「撥鏤棊子(ばちるきし)」などにみられます。同じく収蔵品として
象牙そのものが遺されていることら、当時すでに日本国内で原材料を加工していたことがうかがえます。
江戸時代に入り、武士や町人の暮らしになじみある製品として加工されます。根付、髪飾り、三味線や琵琶などの和楽器といった日常的に使用される工芸品としての江戸象牙、その工芸技術は明治・大正 時代に象牙 彫刻として隆盛期をむかえます。当時にあっても庶民にとっては決して安価なものではなく、特別なものであった象牙。
何故このように人々に親しまれたのでしょう。それはその特別な性質であるといえましょう。例えば、肌なじみ
良い、ある程度の湿気を吸うという特性を生かして製造されたのが和楽器です。演奏者が手に持つ撥は、長時間の演奏にも、適度に手の汗を吸収し、耐えることが可能です。また印鑑に至っては、適度に朱肉を吸うことで、はっきりとした押印が可能になります。和楽器の撥、琴柱に使用される際には、適度な硬さによって、音の響きさえも変わると言われています。象の種類、生息する場所だけでなく個体によっ
ても、大きさや形、硬さ等が違うため、加工のそれぞれにあったものを長年培われた職人の経験によって選ばれ加工されます。
「目で見たり手に持った感触で、その象牙の質、特性がわか
ります。一度加工された工芸品も、ちょっとした日常の気
遣い、また修復を繰り返すことで代々受け継ぐことが可能
です。」
と困難な環境にあっても伝統の技を受け継ぐ工芸士の鶴見さんは語り
ます。丹念かつ真摯に取り組む職人技が、日本の伝統を支えています。
その素材の入手は大変困難であり、国内にある適切に入手・管理
された資源のみを使って、今も修復、制作が続けられています。
象牙について
象牙は、アフリカゾウ(サバンナゾウLoxodonta africana、マルミミゾウ(シンリンゾウ)Loxodonta cyclotis)やアジアゾウ(Elephas maximus)の上顎にある一対の切歯(上顎第二切歯)が長く伸びたものです。その化学的成分は他の哺乳類の歯や牙と同じですが、一生成長し続けるという特徴を持っています。象牙には歯の基本的な構造である歯髄腔、象牙質、セメント質、エナメル質があり、歯髄腔は神経や血管、象牙質を形成する象牙芽細胞などで満たされています。象牙質は象牙の大部分を占め、印章や根付などの象牙製品の材料として使用されます。セメント質は象牙質の外周を覆うように存在しますが、牙の先の方では摩耗しています。また、エナメル質は牙の先端に存在しますが、加齢と共に磨耗して消えてしまいます。
ゾウの頭部と象牙の末端にあたる接続部分には、象牙の中に円錐状の空洞である歯髄腔があります。象牙本体は表面から内部に向かってエナメル質、セメント質、象牙質が層状に重なっており、表面以外のほとんどを象牙質が占めています。
象牙に限らず、ゾウに関しては、ワシントン条約において、生きている個体(生体)、全身の標本、皮や象牙といった体の一部などの国際取引が規制されています。ワシントン条約では、1975年にアジアゾウ、1990年にアフリカゾウが、商業目的の国際取引が禁止される附属書Ⅰに掲載されて現在に至ります。1997年にボツワナ、ナミビア、ジンバブエの個体群が、2000年に南アフリカ共和国の個体群が、商業取引が可能である附属書Ⅱに掲載されましたが、附属書の注釈により取引を実施する際の厳しい条件が輸出国・輸入国の双方に付されています。