■豊島区の金工職人

Ryusen Wataribe

渡部 流線

 

金工三大工法 鍛金・鋳金・彫金 

 金工技術は様々な技法が受け継がれていますが、大別すると鍛金·彫金·鋳金の三つの基礎となる工法で成り立っています。

鍛金(たんきん):金属板等を金鎚などで叩いて延ばし、立体を形作る工法です。人類が最初に用いた最も古い工法といわれています。鍛金を主とした職人をかつては鎚起師、打ち物師などと呼ばれていました。

金属には、塑性·展性·延性という性質があり、その特性を利用して製品を作る技術が鍛金です。この方法では、素材である金属の質を堅牢で丈夫にさせる効果もあります。鍛金に用いられる金属は、金·銀·銅·真鍮·鉄·アルミ、近年はチタンなど多くあります。

材料となる薄い地金の板を金槌で叩いて延ばし成形していくのですが、下から当て金を支えにして、同心円に金鎚で叩いていきます。叩いて硬化した材料を適当な温度まで熱し、冷却することを「焼き鈍す」といいますが、焼き鈍すことで地金が柔らかくなり、展性と延性を回復させる効果があり、打っては焼き鈍す行程を何度も繰り返しながら、地金の板を打ち上げて器の形に立ち上げていくのです。この平面から徐々に径をすぼめながら立体にしていく事を「絞る」と表現します。金属板は、打ったところから周りに組織が移動し、やがて波打ってきます。その塩梅を調整しながら、なめらかな仕上がりにします。素材の性質を熟知し、熱し具合、叩く強さといった感覚的な技能が重要となります。無理に叩いていくと金属疲労が起こり地金が割れてしまう事もあり、熟練には多くの時間が必要となります。 主に鍛金では金槌と当て金を使いますが、この道具そのものも職人が作ります。制作の段階で様々な形状の槌や当て金が必要となり、流線さんは、100種類以上の金鎚·当て金を使い分けているそうです。

鍛金の技法には、平らな金床の上で厚い地金から専用の金槌を使って金属を打って伸ばし、鉢や御鈴など成形する技法を鎚起·打ち上げといいます。当て金で薄い地金から花瓶や鍋、置物など立体的な作品を叩き絞り、比較的軽く作ることが出来る技法を打ち物、鍛金、絞り、などと呼ばれます。作る物によって、職人は多くの当て金と金鎚を自作し使い分けながら美しい形状に作り上げていきます。鉄を熱して鍛え(金鎚で叩く)物を作る技術を鍛冶といいます。この工法も鍛金技術の一つで、刀もこの工法でつくられます。鉄は熱した状態で鍛造します。

鋳金(ちゅうきん):溶かした金属を型に流し入れて制作する工法です。日本では南部鉄器、高岡銅器、大阪浪華錫器などが有名です。原始的な型は石を使っていたようです。古代人に石が一番身近な耐熱素材だったという訳です。その後、複雑な造形を土と砂を使って鋳型を作ることが考えられました。鋳型を焼かない「生(砂)型」と、高温で焼いた「焼型」があります。半鐘を作るときなどに使う「惣型」は外型(雌型)と内型(雄型)の二つを用います。この他に「蝋型」「込型」などがあります。現代的な鋳造としてはロストワックスと呼ばれる精密鋳造の技術が貴金属製品をはじめ、多くの金属製品に活用されています。また電気による鋳造(電鋳)により工業的な量産が可能になっています。

彫金(ちょうきん):金属表面に文様を彫る、また象嵌する技法です。また刀装具の目貫や帯留めなどの小金具類を地金から打ち出して制作する事が伝統的な彫金ですが、近年は広く装身具を制作する事を彫金と呼ぶことが一般的になりました。彫金は鏨という道具を使って彫り込んでいきます。鏨は鋼棒から自作し、彫金家によっては数百種類以上の鏨を使い分けて複雑な文様や立体的に浮かび上がらせるような彫りを施します。鏨彫りの技法として以下のような技法があげられます。

毛彫…先の鋭く尖った鏨を使い、細い毛のような線を掘る技法
蹴り彫り…鏨で文字通り蹴るように素地に鏨でクサビ跡をつけていく技法
魚々子…ななこ。連続した細かな円を刻む技法。連続した粒粒が魚の卵に似て
いることからの呼び名です。古来、女性が担当する事も多かった。
透かし彫り…鏨あるいは糸鋸などで素地を切り透かす技法
鋤彫…透かし彫りほどではなく、模様そのものを深く掘り下げたり、その逆
に模様の周囲を深く掘り下げて、全体の効果を出そうとする技法
肉 彫 り…削るのではなく地金の凹凸により形成する彫金技法。うちだし。
片切り彫り…片刃を使い和筆風に見せる彫り。江戸中期に町彫りの祖「横谷宗珉」
により考案されたといわれます。
この他にも、彫りくずし、針書きなど、流派により様々な彫りの技法があります。

象嵌(ぞうがん):伝統的な表面加飾の彫金技法です。象嵌とは、母体の金属の上に異なる金属をはめ込むことをいいます。

線象嵌…素地に細い溝を彫り、そこに別の線形の金属を嵌めて文様を描く技法

平象嵌…平板そのものを嵌め込む技法。嵌め込む形に素地を切り下げ、そこに別の金属の板を嵌め込み平らに均します。
高肉象嵌…象嵌として嵌める部分の金属を先に立体的な形に作り嵌めたり、また厚

手の金属板を嵌めて、その板を彫り起こすなど、象嵌部分が素地よりも高く盛り上がるため高肉という表現がされています。

切嵌象嵌…素地そのものを切り抜き、同じ形の別の金属を嵌める技法。そのため、表裏同じ文様が表れます。豊島区では内田敏郎氏が切嵌の名手でした。

ケシ象嵌…文様を彫り込んだ素地に、アマルガムという水銀に金や銀を溶かしたものを流し込みます。これを金ケシと言います。そこに熱を加え、水銀を蒸発させると、金や銀が素地に固着します。その後、炭を使って研ぐと凹部分に金銀が残り象嵌となります。水銀は猛毒のため大変危険です。

布目象嵌…まるで布を貼ったようなに見える仕上がりとなる技法。南蛮渡来の技法です。目切り鏨で金属(鉄)の板に細かく溝を作り(縦横斜めに3~4本の溝を刻む)金箔、銀箔、錫、鉛等の薄板を布目にくい込ませる技法。

打込象嵌…母体より硬い紋金を表面が平らになるまで打ち込み均しこむ技法。

接合象嵌…異なる金属板を繋ぎ合わせて成形する技法。はぎあわせ。

金属の種類 

 ここでは、金工に使用される代表的な金属をご紹介します。

金・・・黄金色で人類が初めて扱った金属と言われています。化学的な組成が安定しており大気中での自然変色はなく、加工しやすいという特徴があります。しかし純金は非常に柔らかいため、他の金属(主に銀・銅)を混ぜて純度を落とす事で硬さを出します。24金を100%として日本で多く使用される18金は金の含有量は75%となります(24分率)。24金は濃い山吹色ですが混ぜる金属が多いほど淡く色味が変化します。古来より銀を多くした青金(あおきん)や銅が多い(あかきん)などがありますが、近年では宝飾業界でホワイトゴールドやピンクゴールドなど様々な種類が生み出されています。かつて日本では多くの金が採掘され、明治以前は文字通りお金そのものでした。

銀・・・かつて「銀(しろがね)」と呼ばれ、日本の銀山は豊富な産出量でした。銀は金のように自然な塊で見つかることは珍しく、銀鉱石から精錬し取り出します。銀も純度の高い物は柔らかいため数パーセントの銅を混ぜて使う事が多く、スターリングシルバー(純度92.5%)のものが材料には最適だと欧州で考案されました。銀は高い抗菌作用があるため、魔除けや毒の検知にも使われて来ました。工芸材料としてはシルバー950(純度95%)、また日本では銀器の材料としてシルバー970(三分落)や「更(さら)」と呼ばれる純銀(99%)も使用されます。銀は空気中の硫黄に反応して黒く変化しますが、鉄の錆と違って表面的な変色です。かつての日本人はピカピカに光った銀よりも、落ち着いた燻し銀の味わいを好む民族だったと言われています。

銅・・・銅は世界的に産出量が多く、安価で、耐久性もあり、加工しやすく、工芸品以外にも銅線、銅板、銅管など様々な工業製品に広範囲に使用されています。熱伝導率も高く、銅鍋などの料理器具から、エアコンなど生活家電にも欠かせない金属となっており最も身近な金属の1つです。銅は大気に晒されると緑青が発生します。※緑青は近年の研究で人体に害はない事が明らかになっています。国内で銅鉱山があった地域では、現在も鎚起銅器などの伝統技術が受け継がれています。銅は色の変化が多い金属であり、仕上げ方により黒·茶色·赤·緑など多彩です。真っ赤な緋色に発色させた銅は緋銅(ひどう)と呼ばれます。

赤銅・・・銅に1~5%の純金を混ぜた日本特有の合金です。三分差しの赤銅と呼ばれる金3:銅97の割合あたりが一般的に多く使われます。「赤」という字があてられていますが、煮色によりカラスの濡れ羽色などと表現される青みがある黒に発色します。上等な刀装具の拵えにも古くから使われて来ました。象嵌の素材としてよく使われます。四分一に赤銅を混ぜた合金は黒四分一と呼ばれます。

朧銀・・・銀と銅との合金。その割合から四分一(しぶいち)と呼ばれます。グレーに発色することから朧銀(おぼろぎん・ろうぎん)とも呼ばれ、これもまた日本特有の合金です。配合により白~黒の濃淡が変化します。隠し色として1%程度の純金を入れる事もあります。非常に硬くて鍛造するに手ごわい素材とされますが、その落ち着いた色を好む作家は多く、現在も鍛金、鋳金の材料として使われています。

青銅・・・人類が鉄を使う以前に青銅器文化が栄えていたことが多くの遺跡から知られているように、紀元前から使われていた金属です。銅と錫の合金で、現代も鋳金の材料としてよく使われています。東京上野の西郷隆盛の像などが有名ですが、街中でもモニュメントやブロンズ像などでよく見ることができます。お寺の鐘など鳴り物にも古来より利用されています。

真鍮・・・しんちゅうは、銅と亜鉛の合金で黄銅(おうどう)とも呼ばれます。人為的な合金としては江戸時代の初期に輸入されたのが初めてのようです。合金の配合により種類があり、真鍮でも鋳造、鍛造、切削などに加工用途に適した種類があります。空気中で光沢を失い緑青が発生するのでメッキや塗装することも多いです。硬さがあり安価であることから、生活用品~工業的に幅広く利用されています。

白金・・・白金(はっきん)と書きますが、プラチナは銀(しろがね)とは全く違う金属です。融解温度の高さから人類が近代まで利用出来なかった素材であり、金工で溶かすためには酸素バーナーが必要になります。金同様に酸化や変色しません。1割程度パラジウムを合金して硬さと粘り強さのある高価なジュエリーの素材にすることが多く、結婚指輪の素材として日本では最も人気があります。埋蔵量は少なく最も高価な金属の1つです。また近年は工業的な需要も高まっています。

〜庁舎まるごとミュージアムより第十三期より抜粋〜
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